One Night Stand Brothers
Back in 1985, Hiroshi Kamayatsu (Monsieur) and a collection of Japanese studio musicians decided to fly to America, to make an analog record the old fashion way. On board were the following musicians.
From Japan
Hiroshi Kamayatsu, Producer Vocals, Guitar
https://ja.wikipedia.org/wiki/かまやつひろし
Tsuyoshi Kon, Producer, Guitar, Pedal steel
https://ja.wikipedia.org/wiki/今剛
Kenji Takamizu, Bass, Horn Arrangement
https://ja.wikipedia.org/wiki/高水健司
Eiji Shimamura, Drums
https://ja.wikipedia.org/wiki/島村英二
Tadashi Namba, Keyboards
https://ja.wikipedia.org/wiki/難波正司
From America
Norton Buffalo, Harmonica
https://en.wikipedia.org/wiki/Norton_Buffalo
Mike Marshall, Fiddle
https://en.wikipedia.org/wiki/Mike_Marshall_(musician)
Kathleen Ortiz, Clarinet
Keith Crossman, Baritone Sax
Bruce Un, Alto Sax
Jim Martinez, Trombone
Tim Hyland, Trumpet
Steve Mitchell, Engineer
( I can’t find a Wiki on Steve)
In two weeks they managed to record a whole album and mix it down. The analog is hard to find since they only printed about a thousand or so. It was all done independently without any label support. The analog version contains nine songs, but the CD version has a bonus track jam session.
I found an analog on the net at Discogs. Here is the link.
https://www.discogs.com/release/9242258-Hiroshi-Kamayatsu-One-Night-Stand-Brothers
The Cd version is available in many places.
https://diskunion.net/portal/ct/list/0/18983
https://www.amazon.co.jp/ONE-NIGHT-STAND-BROTHERS-ムッシュかまやつ/dp/B000LXIOWC
CD Jacket
江ノ島の展望灯台では夏のクソ熱い日にステージに立った。鎌
倉の海の家:エイジアでも海を眺めながら、砂まみれで歌った。
ムッシュは湘南のサーファーのなかでも、ひと際ぶっ飛んだ
ワイルドなサーファーたちに興味を持った。数年前に亡くなっ
た日本のスケート・ボード界の異端児、デビル西岡や逗子の大
御所サーファーの関本ソウイチロウ。ムッシュにとって、今ま
で自分の周りにいなかったタイプだったんだろう。そのなかに
はテストライダーズというバンドもいた。彼らは湘南のサーフ
ァーの世界では誰もが知るバンドだ。ムッシュは彼らのロック
ンロール・スピリットが気に入って、ストーンズみたいなグル
ーヴがあるとよく言っていた。なかでもヴォーカルの田中俊人
とは本当に気が合った。彼と話したり、彼のバンドと組むライ
ヴは、ムッシュにとって新しい風のようだった。チャンスがあ
れば彼らと共演し、サイド・ギターを弾いて楽しんでいたよ。
ある時、ザ・ロード・アンド・ザ・スカイでテストライダー
ズと一緒にライヴをする予定があった。前座がはじまると、ム
ッシュは音も聞かずにギターを持ってステージに飛び乗り、ギ
ターをアンプに差し込んだ。そう、出番を間違えてしまったん
だ。それに気づいたムッシュは、笑いながら、そのバンドの曲
にサイド・ギターをつけていった。彼らも驚いた顔をしながら
演奏を続けていた。まさか俺たちのステージにムッシュが!っ
てね。またライヴの音が外に漏れて近所の人に通報され、警察
が様子を見に来たこともあった。それに気づいたムッシュは、
すかさずスパイダースの〈バン・バン・バン〉を歌い始めた。
するとその警官は「僕もかまやつさんのファンなんですよ」と
言ってきた。もちろんライヴを続けることができたよ。ちなみ
に、ここは店員の女の子も、カウンターの上に飛び乗ってノリ
ノリで踊る。ある時、僕がこんなノリが東京にもあったらいい
のにと言ったら、ムッシュはこう言ってきた。「東京にはない
から、ここがいいんだ」ってね。
僕とムッシュとの思い出のひとつに、アメリカでの滞在があ
る。そもそも僕とムッシュが知り合ったのは 年代半ばだ。古
くからの友人を通して、ムッシュがインディーズ・レコードを
つくりたいと言っているからと紹介された。その友人とは日本
が誇るギターリスト、今剛だ。彼らのバンドはONE NIGHT
STAND BROTHERSといい、サンフランシスコのスタジオで、
たった2週間で1枚のアルバムを作った。僕の役割は彼らを見
守り、レコーディングをスムーズに進めることだったけどね。
それからというもの、ムッシュは僕が当時住んでいたサンフラ
ンシスコの家によく遊びに来た。サンフランシスコは夏でも朝
夕は寒い。でも彼はコートを持たず、僕のブランケットを肩に
かけて外出していた。ムッシュは「もし日本人に見られたら、
きっと俺が売れなくなって、アメリカでホームレスになったと 思うだろうな。おもしろいなあ」と言って、ずっとブランケッ トを羽織っていた。そんなある日、カリフォルニア州の中ほど にあるサンタクルーズというサーフ・タウンに遊びに行ったと
きのこと。町をオープン・カーのカルマン・ギアで走っている
湘南とムッシュ。あまり縁がなさそうに見えるが、実はこの
年ほど、ムッシュことかまやつひろしさんは、よく湘南を訪
れていた。きっかけは2001年7月6日。僕の息子が横浜の
病院で生まれた日のことだ。生まれたばかりの息子とワイフの
無事を見届けてから、僕はチャイナタウンに向かった。元ゴー
ルデン・カップスのエディ藩が経営する中国料理店で食事をす
るムッシュを迎えに行った。この日は横浜のライヴハウス:サ
ムズアップで初めてムッシュが演奏することになっていた。
この企画は、当時、僕がプロデュースしていた鎌倉在住の外
国人バンドと一緒にやったら面白そうだと、ムッシュと僕で盛
り上がって実現した。とはいえ、彼らだけだと時間がもたない
と思い、ジャム・セッションができる鎌倉のブルーズ・バンド
と若手ギターリストも呼んだ。店に着くと早速セッションが始
まった。エディは壁にかかった古いギターを手にとって一緒に
ステージに上がった。ボロボロのギターで深いブルーズの音を
出しまくった。それまでにもムッシュは湘南に遊びに来てライ
ヴをしたこともあったが、この夜、改めてムッシュの湘南のチ
ャプターがスタートした。これを機に湘南エリアの様々な店で
ライヴをやるようになったんだ。横浜のサムズアップに始まり、
金沢文庫のザ・ロード・アンド・ザ・スカイ、鎌倉の小さなブ
ルーズ・バー:ティピティーナ(現在は閉店)、七里ケ浜のレ
ストラン:J.J.MONKS(現在は逗子)では海の見えるテラスで、
そして丘の上から海を望むライヴ・レストラン:サーファーズ。
2016年5月7日、サーファーズでの湘南最後のライヴ。THE IZAWA BAND、〝タッ ド〟マエダと 写真=Bruce Osborn
と、ふたりの日本人の女学生が「あ! ムッシュだ」と彼を指
さして叫んだ。その時、ムッシュが「ちょっと車を止めてくれ
ない?」と言うので、彼女たちのところまで車をバックすると、
ムッシュはそのふたりに声を掛け、 分ぐらい話していた。そ
のあと、彼はこういった。「ああいう人たちがいるから、俺は
今のような生き方ができるんだ。ファンは大切だよ」。ムッシ
ュは誰にでも優しく対応していた。少々変わった人とも、笑い
ながら付き合った。湘南のライヴは出演者と観客のボーダーが
ない。観客と一緒に過ごしたものだ。
湘南のライヴではあまり自分のヒット曲を歌わなかった。
〈ゴロワーズを吸ったことがあるかい〉〈バン・バン・バン〉
以外はあまりやらなかった。好きなロックやブルーズ、カント
リーの曲を歌っていた。誰かが彼のヒットをリクエストすると、
歌ってる途中で「もう歌詞を忘れちゃったよ」と言っていた。
七里ケ浜のJ.J.MONKSでも、ムッシュはライヴをしたこと
があった。そこではアメリカのシンガー・ソングライターのマ
ーク・キャスと二人だった。アンプひとつ、小さなPAでもム
ッシュは文句を言わずに楽しくライヴをやる人だった。一度、
七里ケ浜のプリンスホテルでブレッド&バターのライヴに出た
時も、一本のギターで弾き始めたら、アンプから音が出てこな
くなってしまった。普通なら止めると思うが、ムッシュは「俺
はここでやめられないよ!」と、アンプなしでエレキ・ギター
を弾き続けて、素晴らしいセットを完了した。音楽を愛するム
ッシュらしいひとコマだ。
ムッシュは湘南に来る時はマネージャーの大野君と二人のこ
ともあったが、時々ギターを持って、一人で電車に乗って来た。
そのために、運びやすい、ヘッドもない、小さなスタインバー
ガーを持っているんだとよく言っていた。
ムッシュの人柄がわかるエピソードに、こんな話もある。数
年前、当時はまだ海の家だったサーファーズで、僕のインター
FMのラジオ番組〈レイジー・サンデー〉の公開生放送があっ
た。ムッシュはその生放送と夜のライヴに出演してくれること
になっていたので、地方の仕事から直接向かうということだっ
た。朝早い新幹線に乗ってね。でも、番組が始まっても来ない。
本当に来てくれるのか? 間に合うのか? なかなかムッシュ
は現われない。そして、やっと顔を出してくれたのが番組終了
直前。駆けつけたムッシュにマイクを通して言った言葉は「ハ
イ、ムッシュ、登場!」。対して彼が応えられたのは「ヘイ!」。
たったひと言でその日の番組は終わった。ムッシュは大笑いだ
ったよ。のちのち、笑い話として、ふたりでよく思い出したも
のだ。こんなふうに、ムッシュはなんでも大きな器で受け取り、
笑いに変える。目の前に起こることを楽しんでいたんだ。誰か
がステージで喧嘩しても笑ってた。経験も豊富だからね。そし
て湘南の音楽好きの間では、次第にムッシュが湘南の音楽シー
ンにいることを、ごく普通に受けとめるようになった。
ムッシュが最後に湘南でライヴをやったのは、昨年の5月7
日のサーファーズだった。この店にはいろいろな海好きが溜ま
っていた。サーファーはもちろん、海が好きな家族連れ、水着
姿のファンやお姉さんたち。その日出演のメンバーは、ムッシ
ュ、テストライダーズ、鎌倉のブルーズ・バンド:THE IZA-
WA BAND、〝タッド〞マエダとアリサ・サフ。タッドはここ
数年いつもムッシュとともに東京から来ていたギターリスト。
アリサはアメリカ仕込みのロック・シンガーで、ムッシュとず
っと一緒にツアーを回っていた。この日は天気が良くて、気持
ちいい日だった。でもムッシュはあまり元気がなくて「今日は
彼らと2、3曲歌うよ」と言っていた。それなのにテストライ
ダーズがステージに乗ると、ムッシュも向かった。ステージに
乗ると元気になり、数曲歌ってから休憩に戻ってきた。最後に
THE IZAWA BANDと〝タッド〞マエダが演奏をし始めた。
すると疲れ切っていたはずのムッシュがまたギターを握った。
天から何かが降りて来たように、体にパワーがあふれ、オーラ
が出てきた。疲れた身体と顔がどこかへと吹き飛び、生き生き
とした表情になった。1曲が終わると、次の曲、また次の曲。
1曲ずつ元気が出てきたように見えた。そして最終的には3時
間ぐらいやってしまった。ムッシュの笑顔とは逆に、バンドは
ヘトヘトだったけどね(笑)。
ムッシュは会うたびに、アメリカのことをいろいろ質問して
きた。音楽やミュージシャンの話。ある日はアメリカの政治、
歴史、ニュースで話題の人。例えば、トランプや女子インディ
ー・カー・レーサーのダニカ・パトリック。僕の日本語は単語
が足りないから、難しいことでも簡単な言葉で説明する。だか
ら、わかりやすいとよく言われたな(笑)。ムッシュとはもうこ
んな話はできない。でもムッシュの笑顔はいつだって思い出せ
る。こうやって原稿を書いている日は夢に出てくる。そして彼
の音楽はいつまでも僕の耳に、心のなかに残るだろう。
I hope you are still playing your rock and roll! Thank
you for all your music you shared with us. R
Playlist from June 3 2024. 2am-4am on Shonan Beach FM.
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